2017年2月26日日曜日

織田信長 (9) - (38歳) 比叡山焼き討ちの「正義」 -

神も仏も恐れぬとは真実か


織田信長と言えば神も仏も恐れぬと言われたり、非情な魔王と呼ばれたりしますが、ここまで読んできた方は気付いてきたかと思います。


戦国時代においては名も無き大名から農民まで、どれほど命が軽く扱われてきたかを。


信長だけが狂っていたという結論は全く的を得ていません。


腐敗し切った「最低の」僧


信長の「異常さ」として示されることもある比叡山の焼き討ち。

しかし、歴史好きにはもはや常識ですが、この時代の僧の没落は目に余るものがあり、信長の行為は極めて「正しい」と筆者は考えます。


この時代の僧は、たとえ新興の一向宗であっても、仏道という名の正義を振りかざし何千や何万という信者を操り殺生を「楽しむ」輩でした。

経もあげず学問もしない。信者を使って殺生を楽しみつつ、女遊びと肉と酒にひたすらふける。


力を持った最低の連中だと断言できます。


武家の支配を一切受けないことをいいことに


修行の場でひたすら女をむさぼる上に、全国の一揆を先導する僧たち。


一つ前の記事で書いた「宇佐山の戦い」でも、たった500人で40000人相手に獅子奮迅の戦いを見せた森可成が、信長に放った使者たちをことごとく要所で討ったのも比叡山の僧兵たちです。


それに飽き足らず、自分たちは何をしようが誰も手出しできまい、と比叡山の僧たちは浅井・朝倉勢をかくまいます。


自ら戦にやってきた当然の報い


自分たちには手出しできまい、と信長の浅井・朝倉の受け渡しを拒み続けます。


信長は浅井や朝倉だけでなく包囲網と日々命のやり取りを続ける戦国武将です。事実、大事な家臣を多勢に無勢で皆殺しにされたわけです。


己を殺そうとする軍団を排除する。信長の比叡山に対する「戦い」は至極当然だと思います。


現代では想像できないほどの「聖域」


科学技術が著しく進化した現代ですら「別物」に扱われ得る宗教。

この時代の仏門は「絶対」であり、この戦いは信長を更に理解できぬものにしたのでしょう。


この時点で最も勢いのあった家臣の明智光秀が反対したり、真相は怪しいですが後の秀吉ですら山に火をつけながらこっそり僧を逃がしたという話があったりと、比叡山はそれほどの「聖域」でした。


包囲網との戦いもいよいよ最終段階


しかし、信長とは天下統一へと突き進む武将であり、織田軍を滅ぼされるわけにはいきません。


400年以上経った今、この時代の僧に対し信長は「異常」でしたでしょうか。


真の評価は歴史が決める。

この言葉を感じ取れる一幕ではないかと筆者は考えます。



◇◆関連歴史書◆◇


数多の歴史本を読んできましたが、歴史小説のベスト3に入る代物です。

書評も書いていますのでよければ参考にしてみて下さい。


【歴史小説】 光秀の定理 [垣根涼介氏]



『光秀の定理』


垣根涼介氏




※詳細は画像より





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著者:ひさなお
 
 TOEIC満点、作家、投資家、IT企業グローバル人事、馬券師。
 慶應義塾大学→UCLA→大手IT企業。

  第3回マイナビ作品コンテスト最優秀賞受賞。 

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